善悪の境界。

IL90のかつて「神話装備」と言われた、アーティファクトの上位互換装備をもらえたとしても、いつまでもそれを着ているわけにもいかないので、ソッコーで着替えさせられるHelio氏。

「モンク感」を堪能した数十分であった。まあ、「ミラプリ」用途として置いておく。使うかどうかは別にして。

「Grouppose(グループポーズ)」機能で、簡易的に「遠近感」を演出できるようになったので、ボク自身のような“ものぐさ”な人間でも、簡単に「遠近感」をもった画像が撮れるのはうれしい限りだ。この機能を最大限に活用できるかどうかは別にして。

さて、「2.0」の内容を最後まで終了し、大円団でエンディングまで終了したが、そのころまでにはかなりの酩酊状態であったため、クリアをした実感があまりない。だが、スクリーンショットがかなりの数取られていたので、無意識にもそれなりに「やる気」は残っていたのだろう。

ここで一度、「2.0」のシナリオの内容をボクなりに振り返っていきたいと思っている。だが、すでにかなり過去のコンテンツではあるものの、当然ゴリゴリの【ネタバレ】になるので、そのあたりはご了承いただきたい。

振り返るにあたり、シナリオにおいて「ゲームだから」といった安易な“逃げ”は考慮しない。国家間の時事問題として捉えていきたいと考えている。

大前提として、エオルゼアに存在する各国は「第七霊災」で疲弊した国力の回復・復興を目指しているが、新たに蛮神問題や難民問題を抱えて、復興自体が依然として進まない状況である。そこにまた、新たにガレマール帝国の脅威という問題が浮上し、「さて、どうするか」といった状態から、帝国の脅威を退けるまでが、主に「2.0」の話である。

ボクら「光の戦士」は、各国のグランドカンパニーに籍を置きながら、主な活動としては「暁の血盟」という集団に属し、各国の蛮神問題を解決していく。「イフリート」「タイタン」と問題を解決していく最中、突如、本拠地としていた「砂の家」が急襲され、多くの死者をだすという痛ましい事件が起こる。

「暁の血盟」主要メンバーは帝国側に拉致されるも、辛くも残ったメンバーで「ガルーダ」を討伐、拉致されたメンバーの救出に成功する。このあたりで、ガレマール帝国は「悪の組織」であり、「倒すべき存在」として印象付けられるのだが、これは大局的に見て、果たしてそうなのだろうか。

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「暁の血盟」が瓦解したと思っていたエオルゼア三国首脳宛てに、ガレマール帝国のガイウスより書簡が届く。属州となることで、「アルテマウェポン」という圧倒的な力で、蛮神問題を解決するという。独自に蛮神問題を解決しきれない各国は、「暁の血盟」なき今、新しい解決策として帝国になびくべきかと思案する。

そこに、アルフィノ率いる本来の姿を取り戻した「暁の血盟」が現れる。アルフィノは「エオルゼアの民はみな、気高く、誇り高く、雄々しいのではなかったのか!」と、各国首脳を鼓舞する。「アルテマウェポン」に関しても、ミンフィリアは「大きな力を用いて蛮神を倒したとしても、結局は、それより大きな力を求めて新たな蛮神を生み出すだけ」だと言い、「蛮神とは、混乱と絶望の内に、民が祈り、願うことで生まれいずるもの」と続ける。

だが、これに関していえば蛮神を「光の戦士」が倒したところで、結果も未来も同じなのではないだろうか。それよりも、国民のひとりがわざわざ命の危険を冒してまで蛮神を倒すよりも、「アルテマウェポン」という機械を用いて、システマチックに蛮神を駆逐できることこそが重要なのである。そもそも、「光の戦士」が「行きたくない」と言い出してしまう可能性すら考慮されていない。それにまた、蛮神を倒せる存在が一極化してしまったならば、その“力”に対して新たな問題が発生するだろうと考える。また、「混乱」と「絶望」は、戦争を続けることによって生み出される。一国による統一によって、それらの「混乱」も防ぐ手立てになるのではないだろうか。

アルフィノは言う。「帝国と同調はありえない。奴らが力でエオルゼアを支配する未来……。それこそ暗黒の時代が訪れるぞ!」と。また、「エオルゼアの平和とは何だ!? 5年前、みなが命がけで戦ったのは何故だ!? 真の平和と自由を勝ち取るためだろう!?」と続ける。

これにしても、「暗黒の時代」となる根拠は何だ。帝国には「平和」も「自由」もないのだろうか。そもそも「自由」とは何だ。「好きな服を着て、好きなものを食べ……」といった「自由」は「平和」を土台として訪れる。無為に疲弊した国民を扇動し、戦争に駆り立てることこそ、「自由」の搾取なのではないか。国内問題を解決できない今に、「真の平和」があるとも思えない。

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リットアティンは言う。「飢餓や紛争、そして、さまざまな障壁。閣下がこれまで属州としてきた地は、多様な問題を抱えていた」と。「閣下の統治に、すべての「壁」は取り除かれる! 確かに帝国にも歴然とした身分差はある。だが、才覚ある者は認められ、常に公正だ!」と続ける。

確かに帝国側の統治方法については、あまり描写もないため理解することはできない。だが、実績として、これらの問題を解決できる国力があるということはわかるのではないか。また、「才覚ある者は認められる」のだから、蛮神をも倒せる「光の戦士」としてはまさに「うってつけ」なのではないだろうか。いつまでも小間使いに従事しているよりも、国に認められ、位が上がれば発言力も増す。改革を促すには、まさに絶好の環境なのではないだろうか。

「閣下は、エオルゼアの平和を望んでおられる。そこには、弱き為政者も蛮神も存在しない。皆が分け隔てなく生を謳歌できる、真の平和だ」とリットアティン。この言葉に嘘偽りもないのではないかと、ボクは思っている。

今回の侵攻には、ノラクシアを始めとした葬られた「暁の血盟」メンバーの弔い合戦の趣もあるだろう。だが、それでリットアティンなどを仕留めてしまったならば、また新たな弔い合戦を生み出すことになる。この「負の連鎖」を止めてこそ、それこそが「真の平和」の第一歩になるのではないだろうか。

色々見ながら思うのは、「打倒帝国」とする根拠が薄いのではないかと感じる。また、エオルゼア側が帝国に抗う理由についても単純に感情論のような気もする。ボクから見れば、帝国側に随分と利があるような気もするのだ。当然、描かれているのが“戦争”であるため、そこに「正義」も「悪」もない。だが、無条件で出兵させられる側としては、「帝国は圧倒的な悪」というデマゴーグが少ないような気がしないでもない。

もちろん、帝国側には尖った方もいる。だが、それは個人としての問題であり、国がそれを推奨し、すべてがそういう人でもないようにも思うのだ。

それこそ、帝国自体が「悪の化身」であり、エオルゼアを焦土化し、人民はすべて喰らうと一方的に宣言されれば、「それは戦わないといけない」と思うだろう。だが、双方の事情を理解しながら、「帝国を排除する理由」がより抽象的で曖昧であり、独善的なものであるなら、「いや、そうぢゃなくね?」と思ってしまわないだろうか。それこそ、「ボクは帝国側に行き、エオルゼア全土に宣戦布告する!」といった選択肢があるようなマルチエンディングにならなければ、消化不良な気がしないでもない。

“戦争”という「完全なる勧善懲悪」ではない事象において、このデマゴーグに賛同いたしかねる「光の戦士」が、レール通りに行動しながら全力で火の粉を払いのけているさまは、エオルゼアに完全に「兵器」として扱われる、悲しき「人間凶器」みたいな気もして、そこに「真の平和と自由ってなんだっけ?」みたいな違和感が自我として目覚めつつある感じ、と、いったら良いのだろうか。

いや、メインシナリオは楽しんでいるのである。そこだけは、言っておかなければと思う次第。「ボクらが力をふるうべき“本当の正義”ってなにか」、「見方次第で『正義』にも『悪』にもなりうる不安定な事象がそこにはあるんじゃないか」、と、考えさせられるストーリーなのかもしれない(?)。

また、「第七霊災」を引き起こした帝国側の「メテオ計劃」も含めての「悪」ならば、「新生」から始めた方々は、「大迷宮バハムート」を攻略しないとわからないのではないかと思う。これに関していえば、どこかでこれに類する記述がもしかしたら、メインシナリオ内にあったのかもしれないが。

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エンディングを絶好の笑顔で迎えてはいるが、ボク自身は、こんなにも「ひねくれた光の戦士」なのである。。。

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Author: helio Shinryuサーバーで、ララフェル召喚士として、がんばると決めた! 「FF14 BLOG ANTENNA」の運営もがんばっちょりまっする!

2 Responses to "善悪の境界。"

  1. 匿名
    匿名 2年 ago .返信

    面白かったです。2.0のアルフィノや暁には何かとモヤモヤさせられたので
    とても共感しました。

  2. Helio D'or
    Helio D'or 2年 ago .返信

    ありがとうございますっ!

    ここに対する「違和感」的なものが、共感いただけたのがものすごーくうれしいですw
    この「違和感」に、明確な「答え」が出てくれることを、続けていたら「導き出してくれる」コトを願うばかりです!

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